親の介護と民法との関係
民法上の扶養理論では、877条からはじまる扶養規定が存在します。しかし、民法では扶養義務発生の要件、扶養の順位・程度・方法など扶養義務の内容を決定する基準については明確な規定をおかず、当事者間における協議または家庭裁判所に広範な裁量の余地を与えたいわば白紙規定に等しく、介護等の身上監護についても言うまでもありません。
ただ、老親扶養をめぐる扶養の程度や内容については、1928年中川善之助氏によって提起された生活扶助義務とし、夫婦間や未成熟子に対する絶対的な扶養義務ではなく、相対的な義務として位置づけられ、現在においても通説となっていますが、生活保持義務的な傾向もうかがえます。
扶養の方法としては、引取扶養ではなく経済的扶養を前提としており、扶養料の内容としても衣食住に必要な経費のほか、医療費、教育費、最小限の文化費・交際費等も含まれることから、介護に要する費用、つまり介護保険法でいう保険料や利用料も包含されるものと考えられます。
さらに、実際の介護労働を伴う引取扶養などについては、近年、審判例として身上監護を法的義務としたものも存在し、面倒見や介護などの世話の提供を扶養義務に取込む意見もみられますが、少子高齢化の実情を踏まえた際、扶養義務の枠内ではなく、社会保障や各福祉制度による発展・昇華が望ましいとされ、学説の対応としても介護を法的義務とすることについてはおおむね慎重論が主流となっています。
ちなみに、介護保険法制定前後における扶養理論の展開過程をみると以下のように整理できます。
2000年以前の特徴としては、60年代〜70年代の介護をめぐる扶養理論と、80年代〜90年代のそれとの争点が大きく異なっています。
60年代〜70年代における介護をめぐる扶養理論とは、中川善之助扶養二分論にもとづく老親に対する生活扶助義務の妥当性をめぐる論議が主でありました。それは当時の同居率や扶養意識から老親の扶養を、「自己の地位と生活とを犠牲にすることなき程度に他を扶けるもの」とする規定に対しての論争でありました。
しかし70年代から高齢化が進み、また家族形態の変化等から、これまでのような道徳的な視点による生活扶助義務としての老親扶養の妥当性をめぐる論議が、80年以降、今度は介護という視点を取り入れた段階での生活扶助義務の見直しに求められました。
つまり、80年代〜90年代の理論展開は、老親扶養に伴う介護の問題を、従来の学説に疑問を投げかける形で身上監護も扶養義務として構成するものと、扶養義務とはせず別の枠組みから構成する必要があるとする主張とに分けることができます。そのなかでは、老親の介護をも含む身上監護を、これまでの生活扶助的義務として捉えるのではなく、生活保持的義務に近づけるような意見が目立つようになってきています。
しかし、介護保険制度が実施に移された2000年を境にして、老親介護に対しては介護家族内部での契約手法を用いた発想に移行しているように思われます。
たとえば、介護の対価性という視点から、介護を「献身」ではなく「負担」として捉え、相続制度を利用した寄与分規定の活用、黙示的介護契約の擬制、ならびに家族内部における介護サービスの提供契約といった扶養契約や負担付贈与契約等が取りざたされるようになっています。
これらは、介護という過酷な労働の伴う行為を、扶養義務として考えるのではなく、要扶養者である高齢者の財産と絡め合わせながら理論が組み立てられている点が特徴といえます。
つまり、介護を献身的な行為としてよりも有償性をもつ介護サービスと捉える点にあります。そのことは、行政処分として位置づけられてきたこれまでの措置制度から、介護保険法の誕生により、介護サービスを自らが選択し決定する契約制度に転換したこと、さらには市場化の流れに伴って、介護は有料であるという認識の広がりが、近年の扶養理論の背景にあると思われます。
2009年01月14日
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