障害者・障害児をめぐる裁判
障害者の領域では、障害者福祉年金の受給をめぐって、年金に関する裁判事例として前述した堀木訴訟や、塩見訴訟が代表的ですが、その他福祉サービスに関して紹介される判例は少ないものの、問題は多岐にわたっています。
まず、障害者福祉施設での処遇問題について、身体障害者の更生施設入所中のプライバシー侵害などを理由とする損害賠償請求事例があります(横浜地判平六・一〇・一三判時一五四〇号八九頁)。
これは、施設への入所にあたりリハビリテーションを実施するために必要な範囲を超える財産状況調査、知能・心理テスト等を受けさせられ、また入所後においても職場復帰訓練とは関係のない排泄・入浴動作の評価を要求されるなどしてプライバシーを侵害され精神的苦痛を被ったとして、損害賠償請求が起こされたものです。
また施設処遇とも関係して、施設内で起きた死亡事故をめぐって、施設設置法人の過失と園生死亡との因果関係を争点とした事例も存在します(千葉地判平一一・三・二九判時一七〇一号一〇九号)。
これは知的障害者更生施設で園生が煙突内部で遺体で発見された事故につき、遺族が施設の設置法人に対し求めた園生委託契約上の債務不履行にもとづく損害賠償請求事例です。
判決では、施設設置法人の過失と園生死亡との因果関係について、当社会福祉法人の注意義務違反を論ずるのに前提となる園生に対する社会福祉法人の払うべき注意義務の対象について立証がないとして、原告である遺族の請求を退けるものとなっています。
つまり、争点の一つである施設側の管理義務違反については、死亡した園生の突発的な行動を予見することは不可能として、そのような事態を念頭においた施設管理上の措置をとる注意義務はないとして遺族の請求を退け、また施設職員による監護指導義務違反に対しても、園生の異常かつ危険な行動を予見させるような兆候は見あたらなかったとして、園生の行動観察を怠り、危険行為に出る兆候を見過ごしたとする原告の主張に理由がないとしています。
しかし、同じような知的障害者施設である授産施設において、利用者が農作業に従事するため農場に出かける途中行方不明になり死亡した事案では、施設を経営する社会福祉法人と、法人に事業委託していた地方公共団体に対して損害賠償責任を認めたものも過去に存在します(広島地判昭五四・六・二二判時九四七号一〇一頁)。
判決では、死亡した知的障害者の精神年齢が推定で五歳程度で、独力では施設に帰ることができない状態であり、引率者である指導員は途中で脱落者がでないよう万全の措置をとる必要があり、また途中脱落者がでたような場合には早急に捜索する義務があったにもかかわらずその義務を怠ったとして、指導員の使用責任者である社会福祉法人の過失責任を問い、さらに業務を委託している福山市に対して国家賠償責任を求めたものでした。
ここで注目すべき点は、非権力的行政作用である地方公共団体が行なう福祉事業を、国家賠償法一条にいう公権力の行使にあたるとし、社会福祉法人の職員を公務員として認めた点にあります。
さらに障害の等級認定を不服として争ったもの(静岡地判平七・一・二〇判例自治一四二号五八頁、広島地判平三・七・一七行集四二巻六,七号一五二頁、広島高判平七・三・二三行集四六巻二,三号三〇九頁)や、障害福祉年金の受給にかかわって障害程度の認定を争ったもの(福岡地判昭三九・七・三〇行集一五巻七号一四四頁)、身体障害者福祉法でいう補装具と医療用具としての人工呼吸器との関係を争点としたもの(京都地判平七・二・三判例自治一四三号五一頁)などがあり、これらはいずれも原告の主張を棄却しています。
また、知的障害者授産施設を利用する場合の費用負担と、扶養義務者との関係が争われたものも存在します(横浜地判昭五四・一〇・三一判時九五九号六五頁、東京高判昭五六・三・二五判時一〇一一号四四頁)。
これなどは、二〇〇〇年に改正された社会福祉法における障害者の費用負担として、二〇〇三年度から実施される支援費ともからみ合わせながら、今後の重要な争点となるところでしょうね。
一方、障害者の在宅福祉サービスをめぐっては、社会福祉協議会により派遣されたボランティアが、身障者の歩行介護を行っている際に身障者が転倒したことにつき、ボランティアを派遣した社会福祉協議会に対する介護者派遣契約の債務不履行と、ボランティアの過失に伴う損害賠償責任を求めたものがあります(東京地判平一〇・七・二八判時一六六五号八四頁)。
判決では、まず一つめの争点である介護者派遣をめぐる利用者と社会福祉協議会との契約関係について、「ボランティア活動は本来他人から強制されたり業務としてなされるものではなく、個人の意思で行われるものであることから、ボランティアがボランティアセンターの求めに応じてボランティア活動を行ったからといって社会福祉協議会とボランティアとの間に何らかの法律関係が発生するわけではない。 よって社会福祉協議会が依頼に応じてボランティアを派遣したとしてもこれによって利用者と社会福祉協議会との間に準委任契約たる介護者派遣契約が成立するものではない」とし、また二つめのボランティアの過失責任については、「ボランティアは善管注意義務を尽くす必要があるが、身内の人間が行う程度の誠実さをもって通常人であれば尽くすべき注意義務を尽くすことが要求される程度のもの」として、ボランティアの善管注意義務が否定されたものです。
しかし、東京都の在宅障害児訪問指導員が、脳性麻痺の子どもを乗せたベビーカーを横転させた事故では、在宅障害児訪問指導員による過失と被害児の重複障害との因果関係が争点となり、区に慰謝料の支払いが命じられたものもあります(東京地判平二・六・一一判時一三六八号八二頁)。
ここでは、保育士と看護婦の資格を有していた訪問指導員の過失責任を争点とする一方で、逸失利益や将来にわたる付添介護料をめぐっても争われました。
将来の付添介護費用に関して判決では、「原告一郎は本件事故の直前において、将来就労が可能であるかについてはまったくの不明であり、また当時日常生活の全てに渡り介護が必要な状態であり、将来その必要がなくなるか否かも不明であったというのであるから、就労が可能であり、介護が本件事故直後から必要でないことを前提とした逸失利益、付添介護費用の請求については根拠がなく認められない」として逸失利益、付添介護費用を認めるものではありませんでした。
ここでは、障害者の逸失利益や介護費用について、障害者をめぐる就労環境や介護労働との関係から問題を提起したものです。
また最近の裁判でも、介護費用が直接的な争点となったものもあります(神戸地判龍野支部平八・二・九、大阪高判平九・一一・二八、最平一一・一二・二〇判時一七〇〇号二八頁)。
これは交通事故の被害者が事故のため介護を要する状態となった後に別の原因により死亡した場合、死亡後の期間に係る介護費用を右交通事故による損害として請求することの可否をめぐる事例で、判決では被害者死亡後の介護費用を損害として認めることができないとして、介護費用については逸失利益とは異なり、死亡後の期間も含めて事故時に予想された稼働可能期間全部について認められる継続説ではなく、交通事故の加害者が負担すべき後遺障害による逸失利益の範囲は死亡時までに限定されるとする切断説をとるものでありました。
今後、障害者関係のトラブルでは、身体障害、知的障害、精神障害の3障害を一本化した障害者自立支援法をめぐる問題がクローズアップされると思います。
2009年01月12日
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